連載第6回:各論「国語:古典編」— AI時代の古典学習の意義
第5回では、国語の中でも「現代文(論理と読解)」を扱いました。
第6回は、もう一つの柱である古典(古文・漢文)をテーマにします。
結論だけ先に言うと、生成AIが要約や訳を“それっぽく”出せる時代だからこそ、古典は「過去と未来をつなぐ力」として、むしろ価値が上がっています。
今回の記事の要点
- 古典は「役に立たない暗記」ではなく、読む/考える/書くの基礎体力を底上げする
- 古典の強みは、文法・語彙(形式)と価値観・人生観(内容)をセットで学べる点にある
- AIが訳を出しても、意味の選び方・読みの根拠づけは人間の仕事
- 古典学習は「利己・公共性・国民意識」の3視点で整理すると、目的がクリアになる
- 現場で回すには、原文量の調節や授業設計がカギ(後半で具体案)
※本稿は「AI時代の学習の意義」連載の第6回です(前回・次回・連載目次は記事末尾のリンクから辿れます)。
はじめに:今回連載の見取り図(利己/公共性/国民意識 → 各論へ)
ここまでの連載では、「なぜAI時代に学ぶのか?」を、まず総論として整理してきました。
大づかみに言えば、学ぶ意義には次の3つの顔があります。
- 利己:自分の生活・選択肢・可能性を広げるために学ぶ
- 公共性:みんなと生きる社会で、対話し合意をつくるために学ぶ
- 国民意識:共同体の物語を受け継ぎ、開かれた帰属意識を育てるために学ぶ
そして第5回・第6回からは「各論」に入り、科目別に“学ぶ意味”を具体化しています。
第6回の古典は、実はこの3視点すべてと相性がよい分野です。だからこそ、学び方を誤ると「暗記の苦行」になり、うまく設計すると「一生モノの教養」になります。
古典を学ぶ利己的側面:形式から意味を読み解く力
古典学習でまず大きいのは、「文章を読む力」そのものが鍛えられる点です。
古文は、現代語よりも主語が省略されやすく、助詞・助動詞・敬語などの“仕掛け”で意味が決まります。
つまり、形式(文法・語彙)を根拠にして意味を確定する訓練になっています。
生成AIが訳文を出せる時代でも、どの訳が妥当か/なぜそう言えるかを判断するのは人間です。
ここができる人ほど、現代文でも英語でも、そして日常の文章(契約・規約・説明書)でも強いです。
論理力は語彙と文法がベース
「論理的に考える」というと、つい数学や理科の話に見えます。
でも実際には、論理の土台は言語です。語彙が不足すると、考え自体が粗くなります。
文法があいまいだと、因果や条件が崩れます。古典は、その弱点が露骨に出る教材です。
だから古典学習は、単なる知識ではなく、思考の精度を上げる“言語の筋トレ”でもあります。
古典の題材は自己成長の宝庫
古典の魅力は、題材そのものにもあります。恋愛・嫉妬・友情・権力・出世・孤独・信仰…。
人間の感情や社会の仕組みが、むき出しのまま出てきます。
そこに「自分ならどう感じるか」「今の自分の言葉で言うと何か」を重ねると、古典は一気に“自分ごと”になります。
小中高・社会人への接続:古典学習の連続性
小学生の「物語を読む」、中学生の「文法と敬語」、高校生の「思想・背景」、社会人の「教養として再解釈」。
古典は、学年が上がるほど“読み”が変わります。
だからこそ、受験が終わっても古典は終わりではなく、むしろ大人になってから面白さが増える科目です。
古典を学ぶ利他的側面(公共性):いまを理解する目を増やす
次に公共性の観点です。古典を学ぶと、「いま当たり前に見えている制度や価値観」が、実は歴史の産物だとわかります。
つまり、現代社会を見る“目”が増える。これは公共性に直結します。
現代の政治・法律・社会問題に接続する
たとえば、政治や法律の世界では「建前」と「実態」「制度」と「運用」のズレが常にあります。
古典・歴史に触れると、こうしたズレの“型”が昔から繰り返されていることに気づきます。
すると、ニュースを見るときも「感情」だけでなく「構造」で考えられるようになります。
歴史認識の共有は「議論の土台」になる
社会で議論が難しくなる理由の一つは、前提が共有されていないことです。
古典学習は、完全一致の価値観をつくるものではありません。むしろ、共通の参照点(共通の話題・比喩・語彙)を増やします。
これがあるだけで、対話の摩擦は減ります。
古典を学ぶ利他的側面(国民意識):共通の「物語」を受け継ぐ
第4回で扱った国民意識(開かれた帰属意識)の観点でも、古典は重要です。
古典は、共同体が長い時間をかけて積み上げてきた「物語」や「言葉の型」を運んでくれます。
そして、AIにはこの“帰属”そのものは作れません。作れるのは文章ですが、帰属は人間同士の経験の共有だからです。
国民意識とは「古典の暗唱」で生まれる?
たとえば「春はあけぼの」
「意味がわからないから不要」ではなく、まずは音として体に入れて、のちに意味が追いつく。
その体験を、同じ時代の同じ国の子どもたちが共有している。
これは、内容以上に“共有された経験”として大きい。
古典の暗唱は、排他ではなく、共通の合言葉を増やすという意味で、開かれた国民意識と相性が良いのです。
開かれた国民意識のために:複数の読みを認める
ただし、ここで最重要なのは「押しつけない」ことです。
古典は本来、読みが一つに定まらない部分を含みます。だからこそ、
複数の読みを許し、根拠を比べ、言葉にする——この姿勢が「開かれた国民意識」を支えます。
まとめ:古典学習は「過去と未来をつなぐ力」
古典学習は、次のように整理できます。
- 利己:形式から意味を確定し、読む・考える・書くの精度を上げる
- 公共性:制度や価値観の“成り立ち”を知り、社会を見る目を増やす
- 国民意識:共同体の言葉と物語を共有し、開かれた帰属を育てる
AIが訳を出す時代でも、何を根拠に、どう読むかは人間の仕事です。
古典は、その訓練にうってつけの教材です。
(追記)小括:古典学習の意義の分類表
| 観点 | 形式面(文法・語彙) | 実質面(価値観・人生観) |
|---|---|---|
| 💰利己的側面 | 文法・語彙を根拠に意味を決める訓練=読解の土台 | 人間関係・感情・価値判断を追体験し、自分の人生観を磨く |
| 🕊公共性 | 正確に読む・誤読を減らす=対話・合意形成の前提 | 現代の制度や価値観を相対化し、社会問題を見る目を増やす |
| 🌄国民意識 | 共通の言葉(語彙・表現・型)を共有し、文化の連続性を体験する | 共同体の物語を受け継ぎつつ、複数の読みを認める「開かれた帰属」を育てる |
古典学習に対するよくある疑問と、私の考え
ここからは、保護者の方や生徒さんからよく聞く疑問に、なるべく正面から答えます。
古典はデリケートというより、「学び方を間違えると損をする科目」なので、ここを丁寧にしておきたいです。
疑問①:古典は役に立たない?(英語やITの方が重要なのでは)
結論から言えば、「役に立たない」ではなく、役に立つ形が“すぐ見えにくい”のだと思います。
たとえば英語やITは、成果がそのまま点数や実務に直結しやすい。一方、古典は「読む力」「言葉の精度」「価値観の厚み」など、
間接的に効いてきます。
そしてAI時代は、ここがむしろ重要になります。
AIが文章を出せるほど、人間に必要なのは「問いを立てる」「根拠をもとに選ぶ」「自分の言葉で言い切る」力です。
古典は、その総合訓練になります。
疑問②:現代語訳だけで十分?(原文は読めなくてもいい?)
現代語訳は大事です。けれど、現代語訳だけだと「なぜその訳になるのか」がブラックボックス化します。
すると、訳文の“雰囲気”に流されやすい。これは、AIの出力でも同じです。
だからこそ、最低限の文法・語彙で原文に触れ、根拠を持って訳を選べる状態が理想です。
古典教育が「上位層の贅沢」だけであってはならない理由(必要性の話)
古典は、勉強が得意な子だけの趣味で終わらせるにはもったいない科目です。
なぜなら古典は、点数以上に「言葉の感度」や「読解の土台」に効くからです。
ここが弱いと、結局、現代文でも英語でも伸びが止まりやすくなります。
古典原文量の調節:古典教育を現場で回すために
もちろん現実問題として、原文をずっと読ませ続けるのは負担が大きい。だから“配分”が大事です。
私は、学校の50分授業で回すなら、ざっくり次の比率が現実的だと思っています。
配分の目安(50分授業の感覚)
- 原文:1
- 現代語訳:3
- 背景・解釈(価値観・人生観):1
※「原文を捨てる」のではなく、「原文は短く、根拠の練習に使う」という発想です。
もう少し具体化すると、授業運用はこんな感じが回しやすいです。
- 導入(5分):時代背景・登場人物・場面を軽く共有
- 原文チェック(10分):主語/敬語/助動詞など“根拠になるポイント”だけ拾う
- 現代語訳(15分):訳を読み、原文の根拠と照合(ズレが出たらそこが学び)
- 解釈・対話(15分):「この言い方、現代だと?」「自分なら?」で言語化
- まとめ(5分):今日のポイントを一文で(自分の言葉で)
この設計にすると、古典が「暗記科目」ではなく「言語と思考の科目」に戻ってきます。
最後に:ご家庭へ(“嫌い”の芽を小さくするコツ)
古典が苦手になる最大の要因は、難しさよりも「意味が見えないまま進む不安」です。
だから家庭では、難しい解釈よりも、まず短い成功体験を積むのが効果的です。
- 音読を1分 → 現代語で言い換えを1行
- わからない単語は3つだけ調べる(全部やらない)
- 最後に「今日わかったこと」を一言で書く
これだけで、“古典アレルギー”はだいぶ防げます。
次回予告:連載第7回「数学(算数)編①」AI時代の数学学習の意義:前編
次回からは数学(算数)編に入ります。文系・数学が苦手な人にも届く形で、2回に分けて整理する予定です。
次回のキーワード
- 利己・公共性・国民意識の3視点
- 数学アレルギーの原因は「抽象→具体」が逆転していること
- AIが解いてくれる時代に、人間が数学をやる意味
- 共通テスト・入試の“実務的な攻略”は、むしろ後半で扱う
ご家庭向けガイド
🧒 小学生の方向け(物語・3〜4年生)
ある日、ゆうたは本だなの古い本を見つけました。
「これ、むずかしそう…」と思っていると、おばあちゃんが言いました。
「むずかしくてもね、声に出すと、おもしろいよ」。
ゆうたが読んでみると、ことばの音がきれいで、なんだか歌みたい。
おばあちゃんはにこっとして、「その言い方、昔からみんな知ってるんだよ」と言いました。
ゆうたは気づきました。
「ぼく、昔の人とちょっとつながったかも」。
👦 中学生の方向け(説明文・中2〜3)
古典(古文・漢文)は、「昔の言葉だから不要」ではありません。
古典は、文法・語彙を根拠にして意味を決める訓練になっており、現代文や英語の読解にも効きます。
AIが訳を出せる時代でも、「どの訳が妥当か」「なぜそう言えるか」を判断するには、人間側に根拠が要ります。
古典はその“根拠の感覚”を育てる教材です。
👪 保護者の方向けヒント
- 音読1分+言い換え1行:短く回すのがコツ。続けば勝ちです。
- 単語は「3つだけ」:全部調べると嫌いになります。厳選して成功体験を。
- 訳はAIでもOK(ただし順番):①自分で考える→②AIで確認→③ズレた理由を一言で書く。
- “好き”を足す:和歌・説話・歴史など、子どもが食いつく題材から入ると伸びが早いです。