「この勉強って、将来ほんとに役に立つの?」——生徒さん・保護者さんから一番出やすい問いを、まずは“利己的側面(自分の進路・生活・人生のため)”から言語化します。
この連載の他の記事(クリックで開く)
- 第1回:これからのAI時代における学習の意義(考え方の土台)
- 第2回:この勉強、役に立つの?(総論:利己的側面)
- 第3回:公共性から考える「社会で通用する教養」
- 第4回:国民意識から考える「人間ならではの学び」
- 総括:AI時代の学習の意義(まとめ)
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前回の記事(第1回)では、AI時代に「学習」が依然として重要である理由について書きました。
その中でも特に、ここからの時代では、
- 自分の人生を自分で選び取れること
- 社会で生きていけること
- 人間としての土台ができること
この3つが、「学習」の意義としてより大きくなってくるのではないか、という話をしました。
さて今回は、その続きを書きます。
はじめに:この勉強、本当に意味があるの?
「そもそも、この勉強って役に立つの?」
これは、生徒からも保護者からも、とても多く聞かれる質問です。
そして、その問いにどう答えるかで、勉強のモチベーションや、学びの質は大きく変わります。
だから、まずはここを正面から整理しておきたいと思います。
結論から言えば、「学習が役に立つかどうか」は、
- 短期的に見れば「点数」「合格」「内申」など、わかりやすい成果につながる
- 中期的に見れば「進路」「就職」「生活の安定」に直結する
- 長期的に見れば「人生の自由度」や「世界の見え方」まで変える
こういう形で、確実に「役に立つ」と言えます。
ただし注意点があります。
この問いに答えるとき、多くの大人は、つい次のように言いたくなります。
「勉強は自分のためにするものだよ」
これは、方向としては正しいです。
ですが、これだけだと、生徒はこう思います。
- 「それって結局どういう意味?」
- 「自分のためって、何のため?」
- 「自分のためって言われても、ピンとこない」
だから、今回は「自分のため」という言葉を、もう少し具体的に言語化してみます。
利己的側面:自分の進路や生活、人生のために学ぶ
「自分のために学ぶ」とは、まず第一に、
自分の進路や生活を、自分で選べるようになるためです。
ここでいう「選べる」とは、
- 自分の希望する高校・大学に進学できる
- 将来の職業の選択肢が増える
- 生活を成り立たせるための力がつく
という、かなり現実的な意味です。
そして、ここで大事なのは、
「選べる状態」を作っておくことが、人生の自由度を上げるという点です。
自分のためって何のため?:利己的側面の深掘り
ここで、少し踏み込みます。
「自分のために学ぶ」というのは、
“将来の選択肢の通貨”を増やす、ということでもあります。
選択肢の通貨:学びが将来の自由を担保する
勉強で得られるものは、点数や知識だけではありません。
それはもっと広い意味で、
「交換可能性」を増やす行為でもあります。
たとえば、
- 英語ができる → 情報源が増える(日本語の外に出られる)
- 数学ができる → 論理的に考えられる(騙されにくくなる)
- 国語ができる → 他人の意図を読める(交渉や合意形成がしやすい)
こういう能力は、そのまま「人生での交換材料」になります。
そして、この交換材料が多いほど、
人生で困ったときに、逃げ道を作れるのです。
「交換可能性」:学びは“詰み”を減らす
人生が苦しくなる典型は、「詰み」です。
つまり、
- 選択肢がなくなる
- 逃げ道がなくなる
- 代替案が持てなくなる
この状態になると、人は急に弱くなります。
逆に言えば、
学びによって選択肢を増やしておくと、詰みにくくなるということです。
これは、かなり「利己的」な価値ですが、同時にとても現実的で大切な価値です。
次回予告(第3回)
今回は「利己的側面(自分のため)」という観点で、学習の意義を整理しました。
次回(第3回)は、ここから一歩進めて、
「公共性(社会で通用する教養)」という観点から、学びの意味を整理します。
- 社会で通用するとはどういうことか
- AI時代に「教養」はどう変わるのか
- 勉強が「合意形成」や「責任ある判断」にどう関わるのか
このあたりを書いていく予定です。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。よろしくお願いします。