私からみたドラゴン桜

非常に参考になるところの多い、東大受験マンガ『ドラゴン桜』『ドラゴン桜2』ですが、今日は勉強のテクニックとは別の観点から書いてみようと思います。

つまり、わたしは現在曲がりなりにも一応「教師」の立場ですが、そこからみてドラゴン桜から得られるものは何か、ということです。

確かに、マンガという性質上、一見極端に見える描写や内容もあります。

しかし、作者が伝えたい(?)と思っているエッセンスは、非常に普遍性があって、私も参考にしています。

ドラゴン桜の講師陣も悩んでいる

一番強調したいのは、これです。

ドラゴン桜の登場人物は、桜木弁護士をはじめ、誰もが自信満々に見えます。

少なくとも生徒の前では、そうふるまっています。

 

しかし、ひとたび「作戦会議」となると、生徒の学力について「このまま東大合格まで行けるか不安」という声は、たくさん出てきます。

このギャップは、何なのでしょうか。

 

私は、こうした一見すると矛盾しているものの中に、本質が隠れていると思っているので、この講師陣の二面性については、非常に興味があります。

指導法に正解はない?

よく、勉強方法に正解はない、といわれますが、同じことは指導方法にも言えるのではないでしょうか。

ドラゴン桜において、講師陣が実は悩みながら自信満々に指導しているのは、その事実を物語っているといえます。

 

そもそも、人間というものはメンタル(心)で動いています。

ですから、その心を度外視して単にドライに方法を語ったとしても、あまり意味はないのです。

指導法を具体化していくというのは、まさに生徒一人ひとりの心に寄り添うということであって、したがって具体的な対応はすべて異なります。

 

教師として最も必要なことは、生徒の心に働きかけて、やる気にさせることです。

生徒はそもそも、受験で不合格になるかもしれないというリスクを背負っているのであって、教師はそうしたリスクに立ち向かえるための保証人になる必要があるのです。

教師は、たとえどんな状況であっても、自分自身もリスクを負って生徒を支えるという意思表示をしなければなりません。

 

そうしなければ、生徒は動かないからです。

※その意味では、1対1の当方の指導形態が一番「リスキー」かもしれません。

 

ドラゴン桜を読んで感じたのは、生徒の頑張りの裏で、苦悩する教師の姿です。

もちろん、表に出さない(出してはならない)のですが、実際には生徒のことを考えて指導するとなれば、そこに一定のひな型など存在しないのは当たり前です。

成功するために必要なこと

ドラゴン桜は、さまざまな応用可能な教訓を教えてくれます。

例えば、受験勉強という一見「何を生産しているかわからない」というものの価値についてです。

 

完全に私見にになりますが、1の登場人物が2ですっかり人間的に成長したことや、2の登場人物も受験を通じて、かなり引き締まったことなどを踏まえると、受験勉強をすることによって次の力が身につくことがわかります。

 

・目標を設定して、そのために必要な手順を踏んで努力する力

・周囲の環境を把握して、自分の味方にしていく力

・一緒に努力する仲間を見つけ、また他者を承認する力

 

ほかにもあると思いますが、一生のどこかで死ぬ気で努力すれば、得られるものは想像以上に多いという事です。

ドラゴン桜で描かれているのは、単なるテクニックの累積ではなくて、そうした知識を使いこなす心の問題であったと思います。

もちろん、ドラゴン桜で描かれていることを各人に適用するためには、ドラゴン桜の教師が行っていたような、生徒の分析やあてはめが必要になり、そこでは教師の具体化の能力が問われるでしょう。

 

このように、決まった正解のない世界でアドリブ力をいかに発揮していくかが、今後の私の仕事になりそうです。