授業の温度:加熱と冷却 について

今回「温度」といっているのは、物理的な「室温」のことではありません。

人によって当てられる単語は若干違うと思いますが、要するに「この授業には熱がこもっている」とか「冷めた授業だ」とかいうときの「温度」です。

音楽好きな人は「速度」といってもいいかもしれませんね。

今回は、ややとらえどころのないテーマですが、実は結構重要なことなので書くことにしました。

「勉強を教えること」と「成績を上げること」の比較

お客さん(生徒さん、ご家庭)は、よく見ると(よく聞くと)仰っていることが微妙に異なっていることがわかります。

例えば、

  1. うちの子は、この科目のこの分野を苦手としているから、わかりやすく教えてほしい
  2. うちの子は、この科目が苦手だから、わかりやすく教えてほしい
  3. うちの子は、やる気はあるが、勉強は得意ではないから、わかりやすく教えてほしい
  4. うちの子は、やる気はあるようだが、勉強の仕方がわからないようなので、わかりやすく教えてほしい
  5. うちの子は、やる気がなさそうなので、机に向かう時間を確保してほしい

段階別に書くと、上記のようになります。

いずれの場合も、求められている結果は(最終的には)「成績を上げること」「試験に合格させること」だとは思いますが、教師としてやるべきことは異なります。

また、そもそも上記1-5のご家庭の認識と解釈が正しいかどうか、という問題もあります。

 

例えば、よく「勉強の仕方」を教えてほしい、という依頼を受けることがあるのですが、この「勉強の仕方」という言葉が曲者で、これは上記1でいうような特定分野の特定の問題の解法のことを言っていることもあれば、上記2でいうような特定科目の勉強法のこともあります。

そうかと思えば、上記3でいうような勉強一般にかかわることであることもありますし、上記4でいうような勉強の姿勢とか上記5の勉強時間という問題の可能性もあります。

 

要するに、とりわけ個別指導や家庭教師においては、生徒さん(ご家庭)の現状を正確に認識したうえで、次にやるべきことを考える必要があるわけです。

同じことを別の人に対して実行しても、ある人には結果(成績が上がった、試験に受かったなど)が出るが別の人には出ない(または逆効果)という経験がありましたが、それは生徒さんによって現在の状況が異なるからにほかなりません。

「適正温度」とは?

さて、ここで「温度」という概念を導入してみようと思います。

物理的な意味での温度、辞書的な意味での温度は、いろいろな場面で重要なのは言うまでもありません。

 

例えば、ある素材は適正な温度でないときちんと最大限の性能を発揮しないでしょうし、気温を適温に保つことは、作業効率を最大化するうえでとても重要です。

そこから転じて、「授業の温度」という別の領域に拡張してみましょう。

 

冒頭でも少し言いましたが、「アツい授業」とか「さめた授業」とかそういう言い方がありますね。

それは、いうまでもなく室温のような物理的な温度を指しておらず、どれくらい気分が高揚するかということを軸に言われています。

私は、あまり「アツい授業」をすることが得意ではないのですが、それでも「温かい授業」くらいにはなるように頑張っています。

 

ただし、その授業の実現のために必要なことは、正直に申し上げて生徒さん(ご家庭)によって違うというのが本当のところです。

よく「白熱授業中継」とか「アツい授業動画」とかいわれるものを、動画で視聴してもなぜかその場に実際にいて受ける場合と比較して、没入度が落ちることがあります。

これと同じで、そもそも「気分の高揚」は(単なる情報の伝達と異なって)、その時その場において適切な進め方をしないとえられないのです。

 

だから、場合によっては「(気分の)冷却」も必要になります。

具体的には、油断や基礎の軽視をしてしまっている場合には、具体的に問題を解いてもらうなどして、現実を「見える」ようにする必要があります。

もちろん逆に、自信を失っていたり、学習意欲(机に向かう時間)が足りない場合には、やる気を鼓舞する必要もあります。

※ただし、やる気というのも人によっては「話を聞く」だけで出ることもありますし、学習時間を物理的に増やしそれで結果を出させることでやる気になることもあります。

要するに、「状況判断」が最も重要であるということです。

「教師」とは何か

ここまで見たように、教師の役目は多様です。

とらえ方によっては「なんでも屋」といってもいいくらい八面六臂な能力が必要になるかもしれません。

他方で、個別塾や家庭教師においては、特定の生徒さんの勉強(学習)のことだけを考えればよいので、きわめて単純化されているとも言えます。

 

とはいえ、それは解釈の問題であり、教師は何らかの方法で「成績を上げる」「試験に合格させる」などの結果を実現させる必要があります。

その結果実現の過程が、生徒さん(ご家庭)ごとに異なるだけであり、その意味では教師は少なくとも次の資質を備えている(磨く)必要があります。

 

1つは、「現状を正しく認識し、課題を発見する力」です。

2つは、「その発見した課題を、解決する力」です。

 

ある意味、他の職業と同じであり、違うのはそれが勉強(学習)分野におけるもの、ということです。

ここにも、ある種の抽象(単純化して考える)具体(現実の問題に当てはめる)の作業があるのですね。

総括

最後に、人間とAIの関係について一言書かせてください。

AIは「文脈把握」が苦手らしく、逆に人間にとっては得意な分野であるようです。

その意味では、文脈を「授業の温度」と読み替えられる個別塾、家庭教師というのはそれなりの未来を描けるのかもしれません。

逆に言えば、「適正な温度管理」ができないと、今後は「授業動画」配信にどんどん置き換わっていくことでしょう。

 

非常に大仰なこと書きましたが、私自身これは永遠の課題だととらえており、これまでもこれからも取り組んでいこうと思います。