『二月の勝者』の私なりの読み方

登場人物を作品の中の人格ととらえる

確か、河合隼雄先生の『紫マンダラ』だったと思うのですが、物語の登場人物を1人の完結した実在の人物のようにとらえるのではなくて、(作品の)人格の一部分を強調したものだと考える読み方があることが示されていました。

私は、この考えを見たとき「はっ」としました。

物語においては、リアルの人間と比較してある種極端なキャラクターが登場しますが、それには理由(背景)があったのだという事の答えが得られたからです。

そして、この読み方を知ってからはなるべくいろいろな書物においても、登場人物の背景に隠れている作者が示そうとしている、人格のパズルを考えるようにしています。

今、「人格のパズル」という言い方をしましたが、注意が必要なのは「物語を読み解いて得られるイメージ」イコール作者の人格そのものではないということです。

あくまで、その物語を示して提示しようとしているテーマを読み解くために、味付けのしっかりしている登場人物の言動を考えるということです。

少し話が抽象的になりましたので、項目を改めて『二月の勝者』について考えてみようと思います。

『二月の勝者』冒頭(3巻まで)の考察

二月の勝者では、ほとんどの部分で新米の先生である「佐倉先生」を軸に展開しています。

私は、この「視点」のセレクトは非常にセンスが良いとみています。

それは、単に読者が必ずしも「関係者」であるとは限らない、というだけではないです。

 

佐倉先生は、黒木先生やほかの先生のように、塾講師という仕事を完全なビジネスだとは割り切っていません。

それは、ある視点から見れば「甘い」とか「世間知らず」とか言われても仕方のないことです。

※また、実際にそのことを指摘し導く役割として「黒木先生」や「桂先生」あるいは「灰谷先生」がいるのでしょう。

 

しかし、私は彼女が漫画の中に存在している理由が体験的にわかる気がします。

すなわち、「塾講師」という仕事自体はビジネスだけれども、その「塾講師」をやっている人物は100%が塾講師というわけではなく、それ以前に感情を持った人間だという事です。

 

人間である以上、理屈を超えた(外れた)考え方をしますし、他者に対して共感しようとします。

また、時間の経過とともに成長し、変化していきます。

その成長・変化を感じ、さらにいえば、物語の中に参加するための入り口が、佐倉先生ではないかと思います。

そう、この『二月の勝者』の最も重要な登場人物は、この作品を読む自分自身なのです。

 

私は佐倉先生の描かれ方を見て、もし彼女がいなければこの『二月の勝者』という作品はここまで深みが出なかっただろうと感じましたし、彼女の「人を惹きつける人柄」の描き方はまさに名匠の領域です。

このあと、4巻~13巻が残っていますが、味わいながら読んでいこうと思います。

第1巻

個人的な読みのポイント:

教育熱心なお母さんと、自由にさせてあげたいお父さん、そしてお子さん。

しかし、子どもでいられる時間は有限なので、現実との折り合いをどうつけるかという切実な問いがあります。

また、私から見ると佐倉先生の姿を見ると、駆け出しのころを思い出してとても懐かしく感じます。

第2巻

個人的な読みのポイント:

大学入試改革の一環としての国語の問題は、よく考えると「確かに高校生向けだな」とは思いました。

しかし、この巻の肝は何といっても、受験のプレッシャーに直にさらされるお子さんの実像です。

親御さんは、お子さんからみて常に味方(自分側の人)とは限らず、逆に相談できないような悩みも抱えていることがわかります。

 第3巻

個人的な読みのポイント:

佐倉先生のバックグラウンドが描かれるシーンは、一見メインと関係ないようで、人物理解の上でかなり参考になります。

教師というのも、実は停止している「点」のではなくて、実は時には悩み喜怒哀楽のある「線」や「面」のようなものだと思っています。

また、一見対立しているように見える表紙の黒木先生と灰谷先生の共通点(合意するであろうこと)を想像するのも面白いです。