歴史や古典を学ぶ意味?

今日は8月15日で終戦記念日です。(また、丸山眞男の命日でもあります)

毎年この日が訪れるたびに、終戦のときから遠ざかっていくわけですが、当然戦争を直接体験した人も少なくなっていくわけです。

そこで、思うのが私たち戦争を知らない世代は、どうすべきかという問題です。

 

簡単に言えば、歴史を学んで、過去に対する想像力を持たなければなりません。

歴史を学ぶ方法は、別に教科書に限らず、さまざまな文学作品からも当時の様子をうかがい知ることができます。

ただ、文字メディアの宿命として、発信する側がいかに頑張っても、受信する側に「受信能力」がないと意味がないということがあります。

※この点が、映像メディアや音声メディアとの違いだといえます。

 

そして、歴史的な文字メディアから、書き手の伝えたかった情報を吸収するためには、次の2点が必要だと思います。

1つは、「現代文的読解力」、これは当然ですよね。

もう1つは、「歴史の知識・常識」、これもまた別途必要でしょう。

 

よく誤解されますが、歴史を学ぶ意義は「今も昔も全く変わっていない」ことを確認するためではありません。

むしろ、今と昔はいかに違うか、という事を学ぶためだと思っています。

今との違い、今では正しいことが正しくない世界、あるいは今の価値観が形成途中であった社会、というものを知ることによって、「今が絶対」ではないということを知ることができます。

 

現代世界では、刹那的、短絡的なものばかりが流行って、逆に鰹節のような、積み重ねないと面白さがわからないものの価値が軽んじられているような気がします。

しかし、そうした社会は長続きしないと思っています。

未来志向の社会を作るためには、やはり歴史や古典を学んで、今自分たちはどこにいるのか、ということを知ることが必要です。

 

ここで、述べたことは直接的には指導には関係ありませんが、「普遍的に役立つ力をつけさせる」という理念は、これからも大切にしていこうと思います。