連載第2回:この勉強、役に立つの?――「自分のために学ぶ」ことから考える
「こんな勉強、将来の役に立つの?」
「どうせAIが何でもやってくれる時代なんでしょ?」
こういう疑問は、かなり自然なものだと思います。

むしろ、「何のためにやるのか」「時間を使う価値があるのか」を考えること自体は悪くありません。 目的も分からないまま、ただ「勉強しなさい」と言われても、納得しにくいのは当然です。

私自身も、「勉強は大事だから、とにかくやろう」だけでは、今の生徒には説明として足りないと感じています。 特にAIが普通に使えるようになった今、 「それでも自分で勉強する意味は何か」は、以前より正面から考えなければならなくなりました。

この連載では、学ぶことの意味を、 ①利己的側面(自分のため) ②公共性 ③国民意識 という三つの視点から考えています。 今回はその最初として、まずは一番身近な 「自分にとって、勉強は何の得になるのか」 から考えてみます。

今回の記事の要点

  • 「役に立つ」には、短期の便利さと長期の選択肢がある
  • 学びは、すぐ使わなくても後で使える「知的な貯金」になる
  • 知識や技能は次の学習を楽にするため、複利的に効いてくる
  • AI時代でも、問い・判断・説明の土台は人間側に必要
  • AIは学習をなくす道具ではなく、うまく使えば学習を加速する道具になる

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1.「役に立つ」には、時間差がある

「この勉強は役に立つのか?」と考えるとき、 まず分けておきたいのは、 「今すぐ役に立つこと」と「後になって役に立つこと」です。

すぐ役に立つもの

たとえば、 テストで点が取れる、宿題が早く終わる、 英単語を覚えて長文が少し読みやすくなる、 計算が速くなる、といったものです。

効果が見えやすいので、「役に立っている」という実感も持ちやすいです。

後になって役に立つもの

一方で、学校の勉強には、 その場では効果が分かりにくいものもかなりあります。

たとえば、 進学先を選べる、 資格や仕事を後から選び直せる、 新しい分野を学ぶときに基礎知識が使える、 人の説明を読んで理解できる、といったことです。

こちらは今日勉強したから明日すぐ得をする、というものではありません。 しかし長い目で見ると、 人生の「選べる範囲」を広げる方向に働きます。

AIが普及すると、前者の「短期の便利さ」は機械がかなり助けてくれます。 検索、要約、翻訳、計算、文章の修正などは、以前よりずっと安く・速くなりました。

だからこそ、人間側の学習は、 「長期的に何を残すか」 という視点がますます重要になると思います。

2.私は、学びを「知的な貯金」だと考えています

ここで、私がよく使いたい比喩があります。

学びは、知的な貯金です。

貯金は、貯めた翌日に全部使うためのものではありません。 必要になる時期が分からなくても、 少しずつ持っておくことで、 いざというときの選択肢を増やします。

勉強もかなり似ています。 英単語、漢字、計算、文法、歴史の知識、文章を読む力。 その瞬間には「何に使うの?」と思っていても、 後になって別の学習につながることがあります。

しかも学習は、単なる足し算ではありません。 今ある知識が、次の知識を理解しやすくするという特徴があります。

中1で覚えた英単語が、中2・中3の長文を楽にする。 中学数学の計算が、高校数学の土台になる。 国語で文章構造を追えるようになると、 社会の資料や理科の考察問題まで読みやすくなる。

そう考えると、学習には 「金利」あるいは「複利」 に似たところがあります。

小さな積み上げでも、時間が経つほど使える場面が増えていく。 逆に、必要になってから全部を一気に取り戻そうとすると、かなりしんどい。

だから私は、 勉強は「今何に使うか」だけで価値を測らない方がよい と思っています。

3.勉強は「将来の選択肢」を買う行為でもある

今回の「利己的側面」からの結論は、かなりシンプルです。

学びは、将来の選択肢を増やすための投資です。

これは、「いい大学に行けば必ず幸せになる」という意味ではありません。 また、将来の職業を早く決めればよい、という話でもありません。

むしろ逆です。 中学生や高校生の時点で、 10年後に何をしているのかを正確に当てることは難しい。 社会も変わりますし、本人の興味も変わります。

だからこそ、 将来やりたいことが変わったときに、選択肢が残っていること には価値があります。

数学を避けずに済むだけでも、進路の幅は変わります。 英語がある程度読めれば、後から海外の資料や専門情報にも入りやすい。 国語が読めれば、資格試験でも新しい分野でも学び直しがしやすい。

言い換えれば、 「詰まないルートを増やす」 ための学習です。

将来を完璧に予測できないからこそ、 知的な貯金を作っておいて、 あとで使える道をなるべく残しておく。 私はその考え方の方が現実的だと思っています。

4.では、AIがあるなら勉強しなくてよいのか

「AIが答えを出してくれるなら、自分で覚える必要はないのでは?」 という疑問には、一理あります。

実際、全部を人間が手作業でやる必要はありません。 計算機があるのに長い筆算を毎回する必要はありませんし、 辞書や検索があるのに、世の中の知識を全部暗記することもできません。

AIも同じです。 使えるものは使えばよいと思います。

ただし、AIが便利になればなるほど、 人間側に残る仕事があります。

  • そもそも何を質問するのか
  • 出てきた答えは本当に合っているのか
  • 条件や例外はないのか
  • 複数の案から何を選ぶのか
  • 最後に、自分で説明できるのか

私はこういう部分を、以前の記事では 「上流」――問い・判断・説明 と表現しました。

AIは下流の作業をかなり高速化できます。 でも、何をさせるのか、何を採用するのか、 そして結果に責任を持つのは人間です。

だから「AIがあるから勉強しなくていい」というより、 AIを使い倒せる側に回るために、基礎が要る と考えた方が近いと思います。

5.国語・数学・英語は、どう役に立つのか

国語――AIが書いた文章を読むのも国語

AIがどれだけ文章を書いても、 最後にそれを読んで、 「何を言っているのか」 「質問に答えているか」 「根拠はあるか」 を判断する必要があります。

これは国語の読解とかなり近い作業です。 国語は国語のテストだけではなく、 数学の文章題、社会の資料、理科の考察、小論文や面接にもつながります。

国語の記事まとめはこちら

数学――答えより「何を式にするか」

計算だけならAIもできます。 しかし文章題では、 何が分かっていて、何を求めるのか を整理しなければ式が立ちません。

実際に数学が苦手な生徒を見ていると、 計算そのものより、 条件の整理や「どの数字とどの数字を結びつけるか」で止まっていることがあります。

数学は、正解だけでなく 前提→手順→結論 という筋道を作る練習でもあります。

英語――翻訳できることと、読めることは少し違う

翻訳AIはかなり便利になりました。 それでも、英語が少し分かれば、 「この訳は何か変だな」 「この単語は別の意味ではないか」 「この文はどこにかかっているのか」 と気づくことができます。

AIの出力を検証するためにも、 最低限の基礎知識がある方が有利です。

つまり、AIによって英語学習が無意味になるのではなく、 「全部自力で訳す」以外の価値が見えやすくなった と考えています。

6.AIを学習に使うなら、「再現できるか」を最後に見る

AIは便利です。 ただし、便利だったことと、学習できたことは同じではありません。

私は、AIを学習に使う場合は次の順番が分かりやすいと思っています。

  1. まず自分でやってみる
  2. AIには答えより、説明・添削・別解を頼む
  3. 最後にAIなしでもう一度再現する

たとえば英作文なら、 最初から全文を書かせるのではなく、 自分で書いてから添削してもらう。

数学なら、 答えだけを見るのではなく、 「自分の途中式のどこで間違えたか」を説明してもらう。

国語なら、 要約を丸投げするのではなく、 自分の要約とAIの要約を比べて、 「なぜ違うのか」を考える。

そして最後に、 同じ型の問題を1問、 AIなしでやってみる。

ここで再現できれば、 AIは学習の補助になっています。 再現できなければ、 その時点では「便利だった」だけで、 まだ自分の力にはなっていません。

家庭教師の白井でも、 私は「分かったか」より「もう一度できるか」をかなり重視しています。 これはAIを使う場合でも同じです。

動画・AIを使った自学自習についてはこちら

まとめ――学びは「知的な貯金」である

今回の話をまとめると、 私は勉強を「知的な貯金」として考えるのが、一番しっくりきます。

今すぐ使う知識もあります。 何年も後になってから使う知識もあります。 そして、一度身につけた知識や考え方は、 次の学習を少し楽にしてくれます。

その積み重ねが、 将来の進学、仕事、学び直しの選択肢につながります。

AIは、その貯金を不要にする存在ではありません。 むしろ、 調べる・説明してもらう・添削する・類題を作る といった部分を助けてくれるので、 使い方次第では以前より効率よく学べます。

ただし、最後に残したいのはAIの答えではなく、 自分で読める、自分で考えられる、自分で説明できる という力です。

それが、自分の将来の選択肢を減らさないための 「利己的な意味」での学びだと私は考えています。


次回は、「自分のため」から少し視野を広げて、 社会の中で学ぶ意味――公共性 について考えます。

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