概要
私は、2010年4月に九州大学法学部に入学し、2014年3月に同大学同学部を卒業しました。
下の写真は、そのときの学位記です。

大学受験生のときのこと
私は呉三津田高校時代、とりわけ入学当初はそこまで優秀な成績というわけではありませんでした。
確か、資料があったと思うのですが、私は入学当初の成績(学年順位)はあまりよくなく、その後1年生後半、2年生、3年生、受験と行くにしたがって徐々に改善していったという認識です。
とはいっても、勉強熱心だったからそういう「逆転」があったのだと思われるかもしれませんが、実際にはそうでもなく、例えば私は高校生時代は家庭学習の類はほとんど全くしていませんでした。
そのため、夜は21時頃には寝て、朝7時過ぎに起きる(睡眠時間にして約10時間)という、たいへんマイペースな生活を受験の日まで続けていました。
ただ、これだけ睡眠時間をとれば、学校での集中力は基本的には途切れることはなく、ずっと集中して先生の話を聞き、授業後は質問も結構頑張っていました。
確かに、1対1個別塾にも週1~2ペースでは通っていましたが、私の基礎学力は主に高校時代の後半に培われたものだと理解しています。
その中でも、とりわけ忘れがたいのは現代文の添削指導です。
私はある先生に現代文の添削指導をお願いしていたのですが、そこで結構時間をかけて書いた答案を提出すると、その傍らに「よく考えられた答案である」と書かれており、それはもうとても嬉しかったです。
今思うと、あれが今こうして仮にも国語を中心に打ち出して、地元呉市で家庭教師や個別塾をやっている理由なのかもしれません。
ちなみに、大学受験勉強のほうは、というと実は本は何冊か買ったものの、とりわけ家ではあまり一生懸命取り組むことは最後までできませんでした。
センター試験(当時)も、結局あの分厚い過去問はどこに行ったのか(おそらく資源回収だと思いますが)、当時もわかりませんでしたし、九州大の過去問も年が明けてから買ったものの、パラパラめくって1教科、半年分くらいやってみて、それきりでした。
ただ、九大模試(河合塾)の成績が、割とよかった(全国20位、現役のみだと10位)ので、多少センター試験で失敗しても大丈夫だという自負はありました。
本番は、英語のテストで3回見直して、さらに仮眠して、さらにもう1回見直しても時間が余るなど、結構余裕があったように思います。
とにかく、あの受験本番の2日間が今の私の足掛かりになっているのは、当時は考えもしませんでした。
学部時代のこと
学部時代は、日常生活はあまり健康的ではなかったかもしれませんが、学部の成績は割とよかったです。
憲法の試験では、優秀答案としてコピーが学生全員に配られたり、成績優秀な生徒と一度話がしたい、とかいう理由で教授の研究室に呼ばれたり、などのことがありました。
また、具体的には優(AまたはB)が9割程度はあった気がし、多くがAだったと記憶しています。
九州大法学部は、基本的に多くの方が良(C)や可(D)をとっていたらしいことを考えると、これは悪くはないのではないでしょうか。
実際、私は選ばれなかったものの、学部上位10名以内(200名程度の学部でした)に入って、卒業式における学生総代の候補になっていたらしいからです。
大学時代に学んだことは、今は具体的なことは忘れていますが、次のことは多少覚えています。
- ノートは箇条書きや単語の羅列ではなく、一連の文章でとったこと:自分の理解を検証し、思い出すため
- 理屈は同じ結論になるならシンプルであればあるほど良い:学部3年次のゼミの恩師がおっしゃったこと
- 区別を区別せよ:上記私の恩師のさらに先生が法社会学の授業でおっしゃったこと。前提を相対化する重要性。
- 例えば?の重要性:「例えば~の場合にはどうなのか?」など、具体化ができない理論の価値は低い(ない)
ほかにもあるかもしれませんが、特に印象に残っていることは上記です。
やはり、多少長生きしないとわからないこと、わかってくることも多いですね。
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